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川崎公害病患者と家族の会

川崎公害病患者と家族の会

 見上げれば青い空と白い雲が広がる川崎。しかしかつて「公害の街」と呼ばれていました。

 京浜工業地帯の中核として日本を牽引してきた川崎市ですが、高度経済成長時代(1960年代〜1970年代)には、工場煤煙などによる環境悪化を招き、大気汚染による深刻な「川崎公害」が引き起こされました。かてて加えて川崎市内を貫く幹線道路などによる自動車排ガス汚染も、住民の身体を蝕みました。当時、慢性気管支炎、気管支ぜん息、ぜん息性気管支炎、肺気腫などの公害病認定患者数は数千人を超えていました。

 1970年5月、患者とその家族は、「とりもどそう 青い空」をスローガンに「川崎公害病友の会」を発足。患者たちは、12年後の1982年、加害企業13社と、自動車の排ガス対策を取らなかった国や道路公団などを相手取り、川崎公害裁判に立ち上がりました。14年後の96年には、被害患者勝利の和解が成立。99年には、道路の設置・管理者の国および道路公団に対して、排ガスの抜本的防止策を約束させる和解が成立。歴史的な和解と言っていい勝利でした。

 現在、同会は名称を「川崎公害病患者と家族の会」と改め、青い空と住みよいまちづくりに取り組んでいます。

 活動のひとつが、15年続いている「環境・まちづくり作文、絵画コンクール」。入賞作品展が、中原市民館で、2月16日から2月21日まで開かれ、小・中学生による25の作文と53点の絵画は、見る者の心に、環境の大切さを訴えて余りあります。2月18日(日曜)には、同会による入賞者の表彰式が、市民館近くのユニオンビルで行われました。

川崎公害病患者と家族の会

 このコンクールのほかに、96年6月から毎年、「公害・環境、健康、まちづくりフェスタ」を川崎市内各所で開いています。

 会の発足から中原区在住の弁護士として半世紀近くにわたって川崎公害裁判・環境問題に尽力してきたのが、篠原義仁さんです(大気汚染公害裁判原告・弁護団全国連絡会事務局長)。

 弁護士の枠を越え市民目線で活動してきた篠原弁護士に、同会の歩みを踏まえてお話を伺いました。

 「川崎公害病は、水俣病などに比べると、すぐに公害病と気づかず軽度のイメージがありますが、住民は大変苦しい思いをされています。当初の『川崎公害病友の会』という名称から分かるように、その苦しみを話すことから始まりました。とくに大気汚染が酷かった大師、田島地区は公害病認定地区に指定されました。中原区にも大勢の患者たちがいます。川崎公害裁判のふたつの和解を土台に、その後も、原告(被害患者)、弁護団(法律家)、支援団体の三者で、被害の救済、公害の根絶、環境再生とまちづくりを三つの柱に据えて活動しています」

 川崎市のぜん息患者(川崎市助成制度適用者数)は、2016年時点で、成人ぜん息患者が6561人(うち中原区600人)、小児ぜん息患者7002人(うち中原区1160人)。とくに学童のぜん息患者の割合は9・56%で全国の2倍以上です。ゼーゼー、ヒューヒューと喘鳴が聞こえる気管支ぜん息の子どもたちの苦しみはいかばかりか。同会は、患者と家族の苦しみに寄り添い、川崎市の「ぜん息患者医療費助成制度」などの申請手続きのお手伝いもしています。空気の汚れをなくし健康回復を目指す同会に、相談されるといいでしょう。

<基本情報>

川崎公害病患者と家族の会

(発足:1970年 5月、前身は「川崎公害病友の会」、会長:丹操)

◆活動目的/大気汚染による被害者の権利を守り、広げること。大気汚染の根絶。環境再生とまちづくり

◆活動内容/行政機関(国、地方自治体)への提案、意見交換。「川崎市成人ぜん息患者医療費助成制度」手続きなどの相談。「公害・環境、健康まちづくりフェスタ」、環境・まちづくり「作文・絵画コンクール」など

◆活動エリア/川崎市内全域

◆会費/月500円 ◆会員数/約300人・会員募集中

◆お問い合わせ先・電話番号/〒210-0006 川崎区砂子2-8-1シャンボール互恵304号 電話(044-211-0391) メール(k-kougai@kawasaki-kougai.net)


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