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夏休み企画「親子で知ろう 中原の空襲」開催

 「平和を守ることの大切さを市民の皆さんと一緒に考えたい」という同会の思いは、子どもたちや市民と広く共有されているようです。

「親子で知ろう  中原の空襲」

 川崎市が大規模な空襲に襲われたのは、1945年4月15日(日曜)の夜。米軍のB29が194機襲来し、大量の焼夷弾・爆弾を投下した。罹災者は市内人口の約3分の1の10万人を超え、死者数は1000人前後とされる。軍需工場のあった中原地域も、3000戸近い家が全半焼し、一面焼け野原となった。

 戦後71年、戦争の記憶が薄れていく時代にあって、夏休み企画「親子で知ろう中原の空襲」が、8月4日(木曜)、川崎市国際交流センターレセプションルームで開かれました。主催は、中原区における体験や被害状況を記録している「川崎中原の空襲・戦災を記録する会」(09年発足・会員25人)で、中原空襲展や講演会などを開き、12年には調査報告書『川崎・中原の空襲の記録』(頒価500円)を発行。同書には、被害者の貴重な証言が活写されています。

 同会会長の中島邦雄さんは浅草生まれ、両親と妹、弟2人で暮らしていた。戦況が厳しくなり、宮城県に学童疎開していた小学4年生の邦雄少年を除く一家は、45年3月10日の東京大空襲で亡くなった。戦災孤児となった邦雄少年の悲しみはいかばかりか。 現在、中島さんはアマチュア落語家、寝床家道楽として活躍しており、イベントでは、創作落語「ああ東京大空襲」を披露。「(東京大空襲で)焼夷弾の数は20万発、2時間半で10万の人が命を落としました。この戦争の悲惨さを皆さんにも知って頂きたいと思ってお話しさせて頂きました」と結んだ。

 このほか、グループ「おと絵がたり」(03年設立)による「むかしばなし オテサーネク 」(チェコの昔話)「中原今昔かみしばい<学童疎開編>」「むかしばなし はなどりじぞう 」が上演されました。おと絵がたりは、オリジナルの影絵に音楽や歌、語りを合わせて、見て・聞いて・楽しむ昔話で、各地で上演活動を行っています。

 また、女性会員2人による「朗読 川崎空襲の証言から」(堪える大山学童疎開/学徒指導係として)も行われました。

 4回目を数える今回の「親子で知ろう 中原の空襲」には、約150人が参加(うち子どもの参加は約30人)。祖母と参加していた9歳の少年に感想を聞くと、「今日、戦争や空襲の話を初めて聞き、怖くなった。 はなどりじぞう が面白かった」と答えてくれました。

 「平和を守ることの大切さを市民の皆さんと一緒に考えたい」という同会の思いは、子どもたちや市民と広く共有されているようです。


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